恋愛感情の持ち方の話②

続いた!
前回の記事を読み直してて、つくづく自分の頭の悪さに驚いた。
馬鹿なんです。

さて続き(?)です。
引用ばっかりしてごめんなさい。
でも本当にわたしが書いたんじゃないかって思うくらい、わかるって思ってしまった。
(いやわたしよりずっと性格歪んでないと思うけど)

私はすごくプライドが高いんだと思う。 人から愛されて当然とでも思ってるんだろうか、元カレのことは好きじゃなかったのに、迷惑だとさえ思っていたのに、元カレに彼女ができたら信じられないくらい嫉妬に狂う。「じゃあ付き合おう」って言われたらそれは話が違うんだけど。付き合わなくていいいからずっとそばで私のことずっと好きでいてほしい。見返りは求めないでほしい、なにもあげられないから。 みんな私のこと好きになってくれたらいいのにって思う。絶世の美女でもなければ、マザーテレサみたいに性格がいいわけでもない。平凡な、いやむしろブスにカテゴライズされるであろう私みたいな女が何を言ってるんだってバカにしてくれて構わないから。死ぬほど人から愛されたいのにその愛情と対等なものはなにも返せない。けど、それでもいいよってそばで笑っていてほしい。自分にそこまでの価値があるんだろうか。答えはNO。即答。愛される価値なんてないのに愛を求める滑稽な私。人からの好意を簡単に捨てるくせに愛を求める私ほんとに気持ち悪い。

自分だけを愛してこのまま死んでいく - 右も左も前も後ろも


わかる。
わたしは自分のプライドの高さを自覚している。
もちろん(?)わたしも、自分に愛される価値があるなんてちっとも思ってない。
いや愛されたいと思っているから、誰にだって愛されたいから、基本的には誰の前でもいい人ぶってるけれど。親友とか長い付き合いの相手には色々と言えるけど、それ以外の人の前では常にいい人でいたくて、自分の心に嘘を吐きがちだ。
わたしから何も返さなくていいなら、どうぞ好きになってくれと思う。別に嫌いなわけじゃないから。
でも、好きにはなれない。
しかもわたしの場合、わたしの好きな人に好きになってもらえたら承認欲求は満たされるかと言われると多分違う。
仲のいい友人たちがわたしを好きだと言ってくれる。少し調子に乗る。でも、そのわたしのいう仲のいい友人というのは、結婚式に呼んでくれるくらいの間柄であって、ちょっと会うレベルの友人たちじゃない。
ちょっと会うレベルの友人たちには、いつ嫌われるか捨てられるか常に怯えて生きている。
だからいい顔をしていたし嫌われたくない。誰にでも。
誰もいなくなっちゃったら困るから、誰のこともわたしは切り捨てられない。
そんなこと難しいってわかってる。
2:6:2の法則だっけ?わたしの傍にいてくれる人はその2+6=8だとして、その母数を増やせば分子は増える。そうしていたい。嫌われたなら、他の人で補充しないと耐え切れない。
その“他の人”は誰だっていい。
狂ってると思う。自分が自分で気持ち悪い。
自分のことを好きだと言ってくれる人からの言葉だけで承認欲求が満たされたらいいのに。

不安型愛着障害の特徴 基本的に不安型は、他人に嫌われないように顔色を伺う傾向が強い。気を使いすぎて気後れしてしまったり、ストレスがたまると他人を求める。自分は人に見捨てられるかもしれないという不安が常に強い。依存心が強く他人を求めるが、一方で見捨てられるかもしれないという思いもあり、そのジレンマで苦しんでいる。「あの人はすごい」など過度に特定の人やものを理想化し、心酔して依存しようとする。

社会に生きづらさを感じる人へ、愛着障害の特徴と克服方法 - 前向きネガティブ


『特定の人』ねえ。

だから若手俳優なんかに恋をしているのかもしれない。はい、どうも、りあこ*1です。まぁわたし彼のファンじゃないけど。このへん怖い人から叩かれそうだなあ。まぁいいや、この話はまた今度。

まぁ極論的にいえば、わたしはきっと若手俳優になりたいのだ。愛される人間になりたい。
これもきっと全てはプライドの高さが起因していると思う。
このプライドが高いという例(?)は他にもあって、恋愛的に好きだと言ってくれる男の人または小数でも女の人を、わたしはつい値踏みしがちだ。
傍から見てどれだけこの人に価値があるのか。
自分が心底愛してる相手なら、そんな評価気にしないはずなのに。
でも、付き合うっていうことは二人セットで見られることが多くなる気がするから。
大学一年生の時に付き合っていた彼氏は、すごく自信家だった。芸能事[俳優ではない]やってたのもあって、顔も割りと知られていたし友人も多かった。 学部の違う彼の友人に「○○のカノジョ」と言われるのが嫌だった。わたしは彼が好きで付き合ったわけじゃなくて流れに任せただけ*2だったし、人に紹介出来ないと思ってた。
それは、彼が決して顔が整ってるとは言えなかったからだ。と、最初は思ってた。
そのあと、顔が整ってる人と何回か出掛けた。でも、今度は自分がそんな格好いい人と歩いていることで何を言われるのか気になって、それが気持ち悪くなった。

美容院のキラキラしたお姉さんとか、整いすぎた顔立ちのエステのお姉さんとか。自分よりかわいくて綺麗でキラキラしてる人女の人を見るのも苦痛で、内心私のことなんかバカにしてるんだろうなって勝手に思い込んで一人で辛くなる。見下されてるって被害妄想してバカみたいだね。

自分だけを愛してこのまま死んでいく - 右も左も前も後ろも


本当にそれ。
自分に自信がなくて、だからこそ今自分に寄ってくる相手は理想の相手には程遠くて、自分の“程度”がまざまざ突き付けられるのが嫌になるんだと思った。
自分に自信はないくせに、理想はすごく高いんだよね。たぶん。
こうなりたい自分があるから、今の自分は自分じゃないって無意識にきっと思ってて、そんな自分が許せなくて。
だから、一緒に歩くのが恥ずかしい。どこかに出掛けたり、外でご飯食べたりもしたくない。
わたしが誰かを値踏みする時のように、誰かもわたしを値踏みしている。被害妄想甚だしい。
でも、頭に真っ先に浮かぶのは常に他人からの評価がどうあるか。
普通の人じゃ、多分もう駄目なのだ。
それは別に、わたしがりあこだということを、正当化しているわけでも何でもなくて、ひたすらにややこしい感情。
誰と付き合ったってきっと苦しむ。
自分では全く好みじゃない相手と付き合えば自分の評価、こんなにレベルが低いのかって思う落胆。普通の相手と付き合えばそれもやっぱり自分の評価、普通だって判断されることへの恐怖。イケメンとか圧倒的に性格のいい人と付き合えば、それも結局自分の評価、何でこんなちんちくりんがって思われるだろうという自己嫌悪。
こんなに自分・自分・自分ばかりなわたしが嫌い。
それでも肯定してほしくて、結局それはつまるところ自分の理想に近付くことでしか解消されないのだ。そうならないからモヤモヤして辛くなる。
毎日しんどい。

もしかしたら③に続く。

*1:若手俳優にリアルに恋をしている人間のことをこう呼ぶ

*2:オール明けになんとなくふわっと告白されて付き合った